脊髄くも膜下麻酔の投与量の決め方:脊椎麻酔の処方計画

「脊椎麻酔は硬膜外麻酔に比べて難しい」という説(?)を以前に書いた。そして、その理由は、「変数が多いからだ」と述べた。では、どうやって変数決定を行っていけば、より確実に目標レベルの麻酔を達成できるだろうか。以下は私の個人的な変数決定法である。

私が脊椎麻酔の変数とみなしているものは以下の8つである。
(1)刺入点
(2)薬液注入時の体位
(3)ベーベルの向き
(4)使用する薬液の種類
(5)基本となる薬液量
(6)身長
(7)体重(肥満)
(8)年齢

脊椎麻酔に使用する薬液量は、ややもすると「いきあたりばったり」や「ワンパターン」になりがちである。その結果、「あ~、効きすぎた!」とか、「効きが悪いな~、何が悪かったんだろうか?」とか後悔するばかりである。

効かせたい目標レベルが同じなのに、脊椎麻酔のたびに異なる刺入点(椎間)、異なる薬剤、異なる量、異なるベーベルの向きでやっていたのでは、なかなか確実に目標レベルまで効かせることのできる脊椎麻酔にはならない。脊椎麻酔のトレーニングをしていく過程で、固定化できる変数は定数にしてしまい、変数には一定の匙加減をしていく定式化(自分なりの流儀)を構築していくことが重要だ。

【1】刺入点

・通常の側臥位で行う場合、何と言ってもこれが一番大きな変数であると思う。もちろん他の変数で補うことは可能である。しかし、まずは手術部位にしたがって刺入点を固定することで、他の変数をどういじると結果がどう変わってくるのかが分かってくる。

・膝以下の下肢手術ではL4/5で刺入と決める。
・股関節~鼠径部以上の手術はL3/4で刺入と決める。

【2】薬液注入時の体位

・女性では通常肩幅よりも骨盤が大きいので脊椎の傾斜が尾側>頭側となる。逆に男性では頭側>尾側となる。もちろん個人差もある。

・ひとつ重要な点は、脊椎麻酔は多くの場合、片側だけ効かせれば良いので高比重液を使用することが多い。高比重液を使用しておくと、もしも麻酔レベルが多少低くても頭低位にすることで麻酔レベルを後から調整することが可能になるので、一発勝負の等比重液よりも有利でもある。しかし、高比重液はその性質上、クモ膜下に注入したその瞬間から重力の影響を受けることになる点には注意しなくてはならない。

・急性虫垂炎の脊椎麻酔に際して、正中が分かり難いからと言って、坐位で刺入を試みても、けっして坐位のままで高比重液を注入してはならない。

・高比重液を注入するときに、その注入している椎間がほぼ水平になるようにあらかじめ手術台をヘッド・アップなり、ヘッド・ダウンなりして調整しておく。そうすることで重力にしたがってどんどん頭側に、あるいは尾側に麻酔薬が流れていくことを防ぐことができる。等比重液を使用した場合には、注入時の体位はあまり関係がない。

【3】ベーベルの向き

・ベーベルの向きは原則として頭側と決める。必ず注入前にベーベルの向きを再度確認する。
画像

・少し以前の文献ではベーベルの向きは関係ないと記しているものがあるが、ペンシルポイント針で穴が片側にしか空いていない針では経験的には絶対に関係がある。L4/5で刺入して、ベーベルを頭側に向けて薬液を注入した場合には、5分後には下肢運動がほとんどできなくなるが、尾側に注入した場合には、足関節運動が十分可能である。クインケ針では相対的には重要度は低い。

・側臥位でサドルのような効かせ方をしたい場合にはベーベルを尾側に向ける。

・私は、基本的に坐位での刺入はほとんどしていない。ヘモの手術であっても側臥位でベーベル尾側注入で対処している。なぜなら、いつもの側臥位での手技の方が慣れていて確実性が高いからである。坐位での刺入は同じ脊椎麻酔でもほとんど別の手技である。内頚静脈穿刺と鎖骨下静脈穿刺くらいの違いがあると考えている。

【4】使用する薬液の種類

・これは、施設ごとにそんなに種類を多くないはずなので、患側を下にできない場合や両側効かせたい場合は等比重、患側を下にできる場合は高比重、あとは手術の所要時間によって短時間作用性薬剤か、長時間作用性薬剤を選択することになる。

【5】基本となる薬液量

・これは変数というよりは、個人的には定数である。ただ長期的に見れば、今後もこの定数に変更が加わるかも知れないので変数としている。

・薬液量は、基本的には4種類、「会陰部」、「下肢手術」、「鼠径部手術」、「虫垂炎・帝王切開など腹部手術」である。

・下肢手術で 2ml 使用する薬液(例えば、ネオペルカミンS)では、鼠径部手術では1割増しで 2.2ml、虫垂炎では2割り増しで 2.4ml、会陰部は 1~1.5ml を使用する。

・下肢手術で 2.5ml 使用する薬液(例えば、0.5%マーカイン)では、鼠径部手術では1割増しで 2.8ml、虫垂炎では2割り増しで 3.0ml、会陰部は1.5ml を使用する。

・帝王切開で血圧低下を少なくするためにフェンタニル10μgを併用投与する場合は、投与量を2/3に減じる。

ただし、これが基本量であって、以下の身長、肥満度、年齢(高齢者)に応じて薬液を増減する。

【6】身長;身長が高くなるつれて投与量を増やす

・身長160cmの成人を基本量として、身長が 5cm 増減する毎に 0.1ml 増減して投与量とする。

【7】肥満;肥満度が高くなるにつれて投与量を減らす

・体重が理想体重の場合を基本量として、それ以上体重が 10kg 増加する毎に 0.1ml 減じて投与量とする。

【8】年齢;高齢になるにしたがって投与量を減らす

・年齢が60歳以下を基本量として、それ以上年齢が 5 歳増加するごとに 0.1ml 減じて投与量とする。

変数の決め方は以上である。

【9】年齢による広がりの速度

・高齢になるに従ってくも膜下腔の構造が数珠状になり、高比重液の拡がる速度が遅延する。逆に若年者では、くも膜下腔がストレートで急速にブロック範囲が拡がるので要注意だ。

<計算例1:身長150cm、体重60kg、80歳の女性で、虫垂切除術>
・腹部手術で右側を効かせればよいので右下側臥位で、L3/4刺入、刺入部位が水平になるように手術台を調節する。女性なので通常は少しヘッドアップだ。
○ネオペルカミンSを使用する場合、
-腹部手術なのでネオペルカミンSの基本量は 2.4ml
-身長150cmと小柄なので、(160-150)÷5×0.1=0.2 を減じる
-体重60kgと標準体重よりも10kg程度肥満なので、0.1ml を減じる
-80歳と高齢なので(80-60)÷5×0.1=0.4 を減じる
2.4-0.2-0.1-0.4=1.7ml
⇒ ネオペルカミンSを 1.7ml 使用する。

○高比重マーカインを使用する場合、
-0.5%マーカインの腹部手術の基本量は 3.0ml
-身長150cmと小柄なので、(160-150)÷5×0.1=0.2 を減じる
-体重60kgと標準体重よりも10kg程度肥満なので、0.1ml を減じる
-80歳と高齢なので(80-60)÷5×0.1=0.4 を減じる
3.0-0.2-0.1-0.4=2.3ml
⇒ 高比重マーカインを 2.3ml 使用する

<計算例2:身長176cm、体重80kg、50歳の男性で、両下肢の手術>
○両下肢の手術なので、L4/5刺入し、等比重マーカインを使用する。等比重なのでベッドの調整は不要。短時間で終わるなら静注用キシロカインでも構わない。
-0.5%マーカインの下肢手術の基本量は 2.5ml
-身長176cmとやや大きめなので、(176-160)÷5×0.1=0.3 を加える
-体重80kgと標準体重よりも10kg程度肥満なので、0.1ml を減じる
-年齢は50歳と60歳以下なので変更なし。
2.5+0.3-0.1=2.7ml
⇒等比重マーカインを2.7ml 使用する。

<計算例3:身長157cm、体重69kg、13歳女児で、膝半月板損傷に対する関節鏡手術>
・片側の下肢手術なので、L4/5刺入で患側下で高比重液を使用する。刺入部位が水平になるように手術台を調節する。
○ネオペルカミンSを使用する場合、
-下肢なのでネオペルカミンSの基本量は 2.0ml
-身長157cm なので、(160-157)÷5×0.1=0.06 を減じる
-体重69kgと標準体重よりも15kg程度肥満なので、0.15ml を減じる
-年齢13歳と若年者なので急速に高位になることに注意する。
2.0-0.06-0.15=1.8ml
⇒ ネオペルカミンSを 1.8ml 使用する。

○高比重マーカインを使用する場合、
-0.5%マーカインの下肢手術の基本量は 2.5ml
-身長157cmと小柄なので、(160-157)÷5×0.1=0.06 を減じる
-体重69kgと標準体重よりも15kg程度肥満なので、0.15ml を減じる
-年齢13歳と若年者なので急速に高位になることに注意する。
2.5-0.06-0.15=2.3ml
⇒ 高比重マーカインを 2.3ml 使用する

<計算例4:身長171cm、体重108kg、27歳男性で、膝前十字靭帯断裂で靭帯再建術>
・比較的長時間の片側下肢手術なので、L4/5刺入で、高比重マーカインを使用する。刺入部位が水平になるように手術台を調節する。
-0.5%マーカインの下肢の基本量は 2.5ml
-身長171cmとすこし大きめで、(171-160)÷5×0.1=0.2 を加える
-体重108kgと標準体重よりも45kg程度肥満なので、0.45ml を減じる
-年齢27歳なので変更なし。
2.5+0.2-0.45=2.3ml
⇒ 高比重マーカインを 2.3ml 使用する


等比重液の場合は以上で終了である。だが、高比重液の場合は、注入後の最終調整が最も重要である。盆の上で水を転がす操作!!

【10】最終調整

・注入後1分で、必ずコールド・テストをやる。まず、肩とか腹部とか冷たさを明確に感じる部位を酒精綿でさっと撫でて、「これっ、ヒヤッとしますね?」と言って、冷たさの感覚を患者さんに再確認する。そして、「今度は、足の方を触って行きますね。右足と左足どっちが冷たいか教えてくださいね。」と言いながら、足先から頭側に向かって、足背→脛→膝→腿→鼠径部→下腹部→臍の両側→上腹部へと左右差を尋ねていく。

・目標レベルまでの左右差が達成されていれば、その時点でヘッドアップを行い、高比重液がそれよりも頭側に流れるのを防止する。もしも、左右差が目標レベルに達していなければ、頭低位にする。1分おき位にコールド・テストを行い、目標レベルまでの左右差が達成されていれば、その時点で水平位に戻す。

・10分程度経つと、コールド・テストで左右差が生じていたレベルにまで知覚遮断域が上行してちょうどよい麻酔レベルになる。あとは、10分ごとくらいにレベルをチェックし麻酔高が上行しすぎないように注意する。

【最後に】

・何も考えずにやって後悔するよりは、いちおう、これだけの考慮をした上で、「効きすぎ」や「不十分」があったとしたら、以上のストラテジのどこを改良するべきか、「バリアンス」として分析対象にして今後に生かしていくようにしよう。


(2011 7/26 追記)

上記の「脊椎麻酔の処方計画」に記載した、局所麻酔薬の投与量を計算するツール「脊椎麻酔処方計画 計算機」も利用してみてください。

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この記事へのコメント

せれぶlala
2012年07月25日 22:16
脊椎麻酔後当日の排泄ですが、バルン挿入は必要だと思いますか?
SRHAD-KNIGHT
2012年07月25日 23:29
輸液量を制限すれば、必ずしも必要ないと思います。短時間作用性の薬剤を使用した場合は、不要でしょう。高齢者でマーカインを使用した場合は、かなり長時間にわたって自力排尿ができないので結局ワンショット導尿が必要になったりすることもあるでしょうが・・・。

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