前投薬なしの功罪

私が勤めている病院では、かれこれ11年前(2000年)からほとんどの症例で前投薬をなしにしている。それ以前は、通常の成人なら、硫酸アトロピン 0.5mg とアタラックスP 50mg を、75歳以上の高齢者には、その半量を投与していた。また、心臓手術の患者には、ハイスコ+モルヒネのヘビー・セデーションを、また小児にはセニラン坐薬を投与していた。

聞くところによると、アタPの筋注はかなりの痛みを伴うらしい。そこで、術前の注射の痛みを少しでも少なくする目的で、筋注に使用する針は細い25G針で、しかも2回注射するのではなく、硫酸アトロピンとアタラックスPの「混注1回の注射」で済むようにしていた。

学会で、前投薬をなしにしている施設があることを知り、当施設でも取り入れることにした。現在、前投薬を行っているのは、心臓手術の術前のみで、少量のミダゾラム(0.2~0.3mmg)筋注だけである。

小児は、セニラン坐薬の前投薬をなしにする代わりに、親御さんに子供さんといっしょに入室して付き添ってもらうようにした。

「前投薬をルーチンに行っていたころに比べて、現在は麻酔管理上で不便なことはないか?」と考えてみるに、ほとんど何の不便もない。前投薬をしていたころは、患者さんからよく「口が渇く。」という訴えを耳にしていたが、現在そのような訴えは皆無である。硫酸アトロピンの薬効である。

高齢の患者さんでは、アタラックスPが非常によく効いて、時として麻酔からの覚醒に時間を要することがあった。これも今は皆無である。

前投薬をしないことで、術前の看護師の「注射」に関わる業務負担が減る。ただでさえ、術前と言うことで、手術準備で確認しなくてはいけないことがたくさんある中で、「注射」業務がなくなるのは看護師にとってはありがたいことに違いない。

また前投薬を行うと、患者さんはふらつくことがあるので安全のためにストレッチャで移動せざるを得なくなる。そしてストレッチャでの移動となると、看護師2人の人手が必要ということになる。

現在、独歩可能な患者さんは病棟看護師1人が付き添って歩いて入室、独歩不能な患者さんでは車いすで、また、下肢骨折で牽引中の患者さんや前投薬を行った心臓手術の患者さん、寝たきりの患者さんの場合は、従来どおりストレッチャで入室するようにしている。

<良かった点>
・麻酔科医は前投薬の指示を出さなくても良くなった。
・患者さんは注射で痛い思いをしなくて済むようになった。
・患者さんの「口が渇く。」という訴えがなくなった。
・看護師は注射の準備、実施をしなくても済むようになった。
・看護師は患者さんを手術室に搬入するのに人手が省けるようになった。
・思わず麻酔からの覚醒が遅延するケースがなくなった。
・挿管時に口唇や口腔内粘膜から出血するケースが減った。

<悪かった点>
・口腔内が分泌物でべとべとする。特に腹臥位では流涎がひどい。前投薬をしていたころにはあまり気が付かなかったが、スモーカーでは分泌物が非常に多い。
・腹臥位の脊椎外科手術で人工呼吸中に、分泌物が多くて人工呼吸kが不能になり、術中に気管内吸引が必要となったことがあった。1日40本のヘビー・スモーカーであった。
・外科医が、「最近麻酔科は前投薬してないんだって?外科もやめてみようかな。」と言って、虫垂切除術の患者さんに前投薬なしで脊椎麻酔したら、その症例が一時的に心停止状態になって、「やっぱり高位脊椎麻酔の症例は、硫酸アトロピンだけは前投薬しておいて方がいいのではないか。」という話になった。
・腹部手術症例で、術中に迷走神経反射のために高度の徐脈をきたす症例が当時は増えたような気がした。が、今では慣れのせいだろかそれほど多いとも思わなくなった。

総合的に見て、患者さん、看護師、麻酔科医にとってはメリットの方が多い。

最後に、経験上、前投薬(硫酸アトロピン)をした方がいいと思われる症例を挙げておく。
・現役のスモーカー
・高位脊椎麻酔症例
・腹部手術症例

しかし、現実には上記症例でも前投薬はしていない。その場で必要時対応ということにしている。

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