麻酔変数計算機の裏側 その2:体格補正をどうするか?

 私たち麻酔科医は、患者さんに経静脈的に薬物を投与する場合、通常は、体重 1 kg 当たり○○mg という形で計算して投与している。「薬剤添付書にはそう書いてあるよ!」。はい、確かに。しかし、これは本当に正しいのであろうか?

 経静脈的に投与された薬物は、まずは循環血液で希釈される。しかし、血球細胞内には入り込まないから、まずは血漿(蛋白を除くので血管内液と言った方が正確かもしれない)で希釈され、比較的急速に毛細管から組織間液へと逸脱し、結局のところ細胞外液と呼ばれる液相全体に拡散してゆく。

 個体 A と個体 B に同じ濃度で薬物を作用させようとする場合、細胞外液量に応じて投与量を決めれば、同じ作用を及ぼすことが期待できる。では、この細胞外液量は何によって既定されるのであろうか。実は、細胞外液量と代謝機能は、ほぼ体表面積に比例すると考えられている。

 この細胞外液相は、いわば細胞にとっては培養液に相当するもので、その培養液は常に全身を循環してさまざまな栄養成分を全身細胞に送り届けている。そして、細胞が正常な営みを行なえるように環境を整える役目も担っている。

 そもそも、人類を含めた哺乳類という地球上で最も進化した生物とされる種は、体温をほぼ一定に保つことにより、細胞内環境の恒常性を維持し、酵素反応が常に一定の速度で可能なようにすることで、環境変化に耐えて常に行動することができる。

 体表面積が大きいと、熱の放散が増すために代謝率を高めて熱産生を増加させないと一定の体温を維持できなくなる。自動車のラジエータが表面積を大きくすることで冷却効果を増しているのは同じ理屈だ。

 新生児や乳児、そして小児の代謝が旺盛なのは、体重に比して、相対的に体表面積が大きいために、体温を 37 度に維持するためには、成人よりもたくさんの熱産生を必要としているからだ。

 心拍出量がその個体にとって正常かどうかは、体表面積で割って、心係数を計算することによって評価している。これも、単位面積当たりの心拍出量は新生児でも成人でも同じであることを意味している。

 小児の維持輸液量を計算するときに、1日当たり「100-50-20」とか、時間当たり「4-2-1」などと覚えたと思うが、実はこれも体表面積当たりで計算した維持輸液量にほぼ近似した数値を得るための簡略な計算法に過ぎない。

 代謝量(熱産生量)、心拍出量、細胞外液量、維持輸液量のいずれもが体表面積に比例している。逆に、そうであるからこそ、体温を一定に保ち、恒常性を維持して、環境に左右されずに行動できる。

 本来、薬用量も体表面積当たり○○mg とするのが理想的ではあるのだが、今のようにコンピュータが発達していなかった時代では、体表面積を計算するためには高度な電卓が必要であったために、臨床現場では実用化しなかっただけなのではないか。

 さらに、肥満患者の薬物投与に関しては、この体重当たりという概念に固執するあまり、TBW(実体重) か、IBW(理想体重) か、はたまた LBM(除脂肪体重) か、といった議論が盛んである。また、薬物毎にどの体重を選択するべきかといった表まで作成されている。
Utilization of total body weight (TBW) or ideal body weight (IBW) to calculate dosing schemes in morbidly obese patients
Contin Educ Anaesth Crit Care Pain (2004) 4 (5): 152-155. doi: 10.1093/bjaceaccp/mkh042

Dose adjustment of anaesthetics in the morbidly obese  
Br. J. Anaesth. (2010) 105 (suppl 1): i16-i23. doi: 10.1093/bja/aeq312

 実体重では過量投与となり、理想体重では過小投与となってしまうので、結局のところ、LBM が一番良さそうだということなのだが、現実に 150 cm、100 kg(BMI=44)の病的肥満患者に当てはめてみると、その LBM=54 と計算されてしまう。これは、LBM を推定する計算式にも問題があるのであろうが、理想体重よりも 50kg も重い肉の鎧を着て日常生活を送っているのだから、その心肺能力と筋肉量からして、体重 54kg の患者と同じ量で良いはずがない。

MedCalc: Body Surface Area, Body Mass Index (BMI) <== ここで計算できますから実際にやってみてください。

 もとに返って、では BSA で計算するとどうなるだろうか。150cm 50kg の BSA=1.432、150cm、100kg のBSA=1.923 となり、後者の投与量は前者の 1.34 倍となる。LBM 補正よりもずいぶんと現実的な数値だとは思わないだろうか。

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 ・・・・ということで、麻酔変数計算機では、通常の成人に対する薬物投与量から、体表面積当たりの推奨投与量を推定して基本量とし、それに患者さんの体表面積を乗じて、その患者さんへの推奨投与量を計算している。

 おそらくは、超短時間的には、血管内液量に、短時間的には、細胞外液量に、そして、次のタイムスパンでは、その薬物の親水性(hydrophilicity)、親油性(lipophilicity)に従って、薬物分布が決定されるのだろう。

 ところが、麻酔導入に使用する薬物は、どちらかといえば、この中で短時間的細胞外液量に依存して、その効果が表出されるのではないかというのが私の主張である。したがって、薬物投与量を決定する場合、短時間的作用をターゲットにする場合には、細胞外液量、したがって、体表面積をベースとし、さらに次のタイムスパンでの効果を期待するのであれば、薬物の親水性(hydrophilicity)、親油性(lipophilicity)を考慮して投与量を決定するのが理に叶っていると思うのである。



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