Q:緊急挿管は 「クラッシュ」か、それとも「アウェイク」か?

A:日常診療のホームグラウンドが手術室である麻酔科医の私は、基本的に、幾多の苦い経験から、『手術室内では 「クラッシュ→アウェイク」、手術室外では 「アウェイク→クラッシュ」の順に考慮』し選択している。

※ ここで言う、「クラッシュ」とは、「迅速導入」(Rapid Sequence Induction/Intubation)のことであり、「アウェイク」とは、「意識下挿管」(Awake Intubation)のことである。

 この違いは、「環境の差」である。

 多くの教科書には、「クラッシュか、それともアウェイクか」の選択に、
・換気困難や、挿管困難が予測されないか(LEMON)?
・ショック状態でないか?
・誤嚥リスクがどの程度か?
・患者の意識レベルはどうか?
などといった「患者要因」ばかりを挙げているが、これらよりも、もっと大きな要因は「環境要因」であると考えている。

手術室では、使い慣れた麻酔器の手動・自動換気装置、色々な薬剤や、緊急用デバイス、慣れた挿管介助者が揃っている。これに比べると、ICU や ER(救急室)、さらに病棟では、これらが揃っていないことがほとんどだ。

具体的には・・・・

1.気管挿管前に十分な前酸素化ができるか?
→手術室では、顔面に密着できる麻酔用マスクと、ヘッドバンドが使用できる。また、確実な前酸素化ができたかどうかを呼気酸素濃度をモニターで確認することができる。病棟ではせいぜい酸素飽和度しか確認できない。クラッシュでは、必然的に一定時間の無呼吸があるので、十分な前酸素化が保障できない場所ではクラッシュは危険だ。

2.必要時に有効なバッグマスク換気ができるかどうか?
→手術室では、顔面に密着できる麻酔用マスクと、ヘッドバンドが使用できる。また、日々使い慣れた麻酔器が利用できる。通常のバッグバルブマスクよりは、確実に有効なバッグマスク換気が可能である。クラッシュで失敗した時に、マスク換気で確実に換気を維持できる保障ができなければ、クラッシュは危険だ。

3.もしも嘔吐が起こった時にすぐに対処できるか?
→手術室では。強力な吸引装置がすぐに利用でき、ベッド全体を必要に応じて頭高位や頭低位にできる。手術室外では、いつも利用できるとは限らない。

4.適切な昇圧剤が使用できるか?
→鎮静剤や鎮痛剤を投与することで、患者の交感神経緊張度はほぼ確実に低下し、そのため高度の低血圧、ショック状態をきたすことが多い。手術室では、いつも使用しているエフェドリンやネオシネジンが使用できるが、手術室外ではどうだろうか?

5、もしも直視下挿管に失敗したときのレスキュー器具は?
→手術室では、手近にラリンジアルマスクがあるし、今ではビデオ喉頭鏡も使用できる。しかし、手術室外ではどうだろうか? 当院では、せいぜい救急カートに輪状甲状膜切開キット(ミニトラック2)が常備してある程度である。

6.スタッフが緊急挿管に慣れているか?
→手術室では、「クラッシュで行くよ!」と言えば通じるが、手術室外では通じない。クラッシュ挿管時の適切な介助者がいないと言ってよいだろう。少なくとも Sellick 手技BURP の違いは理解しておいてほしい。

7.同僚や上級医師がすぐに駆けつけることができるか?
→通常の日勤帯の手術室であれば、クラッシュで失敗しても、すぐに同僚や上級医師が駆けつけて協力、支援してくれるが、手術室外ではそうはいかない。

患者を危機的状況に陥れることなく、クラッシュ挿管を成功させるためには、以上のような条件が必要である。
手術室内では、これらの条件が十分に揃っているので、クラッシュを選択できる余地があるが、手術室外では揃っていないことがほとんどなので、クラッシュを選択できる余地がない。したがって、アウェイクということなる。

以上が、最初に『手術室内では 「クラッシュ→アウェイク」、手術室外では 「アウェイク→クラッシュ」の順に考慮』すると記した理由である。

意識があり、自発呼吸している患者に、鎮静剤を投与し(意識を取り)、筋弛緩剤を投与する(自発呼吸しなくしてしまう)という行為は、その後の適切な処置(つまり、気管挿管と有効な人工呼吸)が成功しなければ、患者生命を危機的状況に陥れてしまうことになる。

通常、手術室での挿管対象患者は、ほとんどが手術対象臓器以外は健常であるのに対して、手術室外で挿管となる患者は瀕死の重症患者であることが多い。

条件が十分に揃わない状況でのクラッシュの選択は、患者にとっても、自分自身にとっても、言わば、「自殺行為」同然だということを肝に銘じておこう。崖っぷちに必死で何とかしがみついている患者を、足で蹴落とすなどということはけっしてしてはならない。

クラッシュに対して、アウェイクはと言えば、せいぜい、口腔、咽頭、喉頭の局所麻酔と、意識レベルにあまり影響を及ぼさないペンタゾシンやフェンタニル、あるいは血圧を低下させることなく咽頭喉頭反射を温存できるケタミンを少量使用するだけである。

口腔内に挿入した直接喉頭鏡は、抜くことができる(後戻り)ができるが、一旦、静脈内に投与してしまった鎮静剤や筋弛緩剤は、すぐには回収できない(後戻りができない)。アウェイクを数回試みるだけなら、患者生命を危機的状況に陥れることはないが、クラッシュは失敗すれば「命取り」である。

基本的に、クラッシュは「fail-disaster」(失敗すれば悲惨)だが、
アウェイクは「fail-safe」(失敗しても安全)である。

手術室外で挿管を依頼された場合には、患者の状態に応じて、まずは、局所麻酔と少量のオピオイドを併用したアウェイクの挿管を数回試み、患者の抵抗が強くて、どうしても鎮静剤と筋弛緩剤の投与が必要ならば、上記の環境要因を改善して、必要条件(機材、薬剤、スタッフ、同僚)を十分に揃えた上で、クラッシュを選択せざるを得ない場合もある。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 20

なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー) なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い
ナイス ナイス ナイス ナイス
ガッツ(がんばれ!)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック

  • ICU での気道管理アルゴリズム

    Excerpt: 麻酔科医は気道確保の専門家であることから、病院内で緊急に気道確保が必要になった場合にはしばしばコールがかかる。 Weblog: 麻酔科勤務医のお勉強日記 racked: 2019-03-16 19:37