Q:揮発麻酔薬の維持濃度はどうするか?

A:周囲を見ると、皆それぞれ、揮発麻酔薬の維持濃度は異なっているようだ。セボフルラン 1% で維持している人もいれば、いつも 2% 使っている人とか・・・。そこで、今日は、この揮発麻酔薬の維持濃度について考えてみよう。

全身麻酔の要素として「鎮痛」、「鎮静」、「筋弛緩」、「有害反射の抑制」が挙げられている。その昔、吸入麻酔薬が、これらすべての要素を満たすべく開発が行われていた頃、吸入麻酔薬の維持濃度を決めるための参照値は、最小肺胞濃度(MAC)であった。

MAC(minimum alveolar concentration:最小肺胞濃度):50% のヒトが皮膚切開時に体動を示さない肺胞内における吸入麻酔薬濃度
代表的な吸入麻酔薬の MAC を以下に示す。
・セボフルラン:1.71%
・デスフルラン:6%
・イソフルラン:1.15%
・亜酸化窒素:105%
・ハロタン:0.77%
・エンフルラン:1.68%

しかし、この濃度では、たった 50% のヒトが体動を示さないだけなので、到底満足の行く麻酔になるはずがない。そこで、実際の麻酔診療に役立つ参照値として、ほとんどのヒト(95%)で体動を示さない濃度として、MAC95 が考えられた。

通常の MAC は被験者の 50% で効果を生じる濃度であるのに対して、MAC95(「AD95」とも) は被験者の 95% で効果を生じる濃度であり、MAC95 は MAC の 1.3-1.5 倍であるとされた。

特定の吸入麻酔薬の MAC を単位扱いして、MAC の 2 倍の濃度を 2 MAC と表現するとすれば、95% のヒトが体動を示さないようにするためには、1.5 MAC を使用すればよいと考えられた。

以前は、吸入麻酔薬の中で唯一鎮痛作用が強いとされた亜酸化窒素を併用することが日常的であったことから、60~70% の亜酸化窒素を併用して揮発麻酔薬を使用していた。
・ハロタンと亜酸化窒素を併用する吸入麻酔は、「GOF」
・エンフルランと亜酸化窒素を併用する吸入麻酔は、「GOE」
・イソフルランと亜酸化窒素を併用する吸入麻酔は、「GOI」
・セボフルランと亜酸化窒素を併用する吸入麻酔は、「GOS」

このような亜酸化窒素を併用した吸入麻酔では、亜酸化窒素の MAC が 105% であることから、亜酸化窒素ですでに 0.6~0.7 MAC 効力の麻酔が施されているので、1.5-(0.6~0.7)=0.9~0.8 MAC を揮発麻酔薬で補えばよい(吸入麻酔薬同士は併用すると相加作用があり、MAC 単位での足し算ができる)ということで、いずれの揮発麻酔薬を使用する場合でも、1MAC 弱の濃度で使用すれば、そこそこ満足の行く(体動のない)麻酔が維持できていた。

ところが、当然のことながら、皮膚切開よりも強い侵害刺激が加わった場合には体動が出たり、筋弛緩剤を併用している場合には体動が認められなくても、明らかに交感神経系の緊張症状が出現することも多くあり、何らかの鎮痛剤を併用することが多かった。

その後、亜酸化窒素の日常的な使用に対する疑問や、短時間作用性の静脈麻酔薬の出現から、次第に、吸入麻酔薬を主麻酔剤とした麻酔法から、全身麻酔の各要素に対して個別の薬剤を使用するバランス麻酔や静脈麻酔に移行していった。

鎮痛は、オピオイド鎮痛薬で、鎮静はプロポフォールか揮発麻酔薬で、筋弛緩は筋弛緩薬で行うという現代的な麻酔法においては、揮発麻酔薬の投与目的は、「鎮静」である。では、この鎮静目的で揮発麻酔薬を使用する場合、維持濃度を決めるためには何を参照値とすればよいのであろうか。

MAC は、侵害刺激に対する体動を指標として麻酔薬の効力を測る道具だから、「鎮静」を目的とした吸入麻酔薬使用の参照値としては不適当だ。そこで、現代的な麻酔における吸入麻酔薬の維持濃度を決めるための参照値としては、MACawake が使用されている。

MACawake:50% のヒトが、口頭指示に対して反応できる肺胞濃度
代表的な吸入麻酔薬の MACawake を以下に示す。
・セボフルラン:0.64%
・デスフルラン:2.5%
・イソフルラン:0.43%
・亜酸化窒素:71%
・ハロタン:0.41%
・エンフルラン:0.51%

これらを MAC 単位で表現すると
・セボフルラン:0.37 MAC
・デスフルラン:0.41 MAC
・イソフルラン:0.37 MAC
・亜酸化窒素:0.68 MAC
・ハロタン:0.53 MAC
・エンフルラン:0.3 MAC

となり、多くの揮発麻酔薬の MACawake は 0.3~0.4 MAC と共通していることが分かっている。

しかし、このような維持濃度では、たった 50% のヒトが口頭指示に対して反応を示さないだけであり、十分な鎮静状態であろうはずがない。手術中には、口頭指示(音声刺激)以外の多くの侵害刺激が加わっており、その際の MACawake はもっと上昇するはずである。

ということで、通常、鎮静目的で揮発麻酔薬を使用する場合には、十分な安全域(術中覚醒を起こすことがない)をもって、MACawake の 2 倍の、0.6~0.8 MAC の濃度で維持すれば、その目的は達成されるであろう。

一方、MAC や MACawake には年齢依存性(加齢に従ってその濃度が低下する)が知られており、セボフルランとイソフルランにおける年齢と MACawake の関係については、25 年も前(1993 年)に報告されている。

Katoh T. et al. Influence of age on awakening concentrations of sevoflurane and isoflurane.
Anesth Analg. 1993 Feb;76(2):348-52.

この論文の中には、MACawake と年齢の関係を記述した線形回帰式が記載されている。
セボフルランについては、
 覚醒濃度(%)=0.870-0.00581×年齢(歳)
イソフルランについては、
 覚醒濃度(%)=0.559-0.00366×年齢(歳)

MACawake を推定する年齢をパラメータとした回帰式である。

通常の亜酸化窒素を使用しない揮発麻酔薬の推奨維持濃度は、上記したように 2×MACawake であるので、これらの式を両辺 2 倍すれば、年齢をパラメータとした各揮発麻酔薬の推奨維持濃度を表す等式が得られる。

セボフルランの維持濃度=1.7-年齢÷100

イソフルランの維持濃度=1.1-年齢×0.007

デスフルランについては、年齢と MAC あるいは、 MACawake との関係を具体的に表した等式を見つけることはできなかったが、セボフルラン、イソフルランの維持濃度の式から推定すると、

デスフルランの維持濃度=6-年齢×0.04

以下の研究によると、若年(年齢 20~30 歳)、中年(年齢 31~65 歳)、高齢(年齢 66~80 歳)患者のデスフルランの MACBIS50(100 人のヒトのうち 50 人で、BIS 値を 50 以下にするために必要な肺胞濃度) は、それぞれ、呼気終末濃度(95% 信頼区間) 4.25%(4.04-4.46)、3.58% (3.38-3.79)、2.75%(2.50-3.00)であった、と報告されている。

BIS を 50 未満に維持するためのデスフルラン濃度の年齢依存的減少
Age-dependent decrease in desflurane concentration for maintaining bispectral index below 50
Acta Anaesthesiol Scand. 2016 Feb;60(2):177-82. doi: 10.1111/aas.12642. Epub 2015 Oct 12.

この報告の年齢層を、若年=25 歳、中年=50 歳、高齢=75 歳として、デスフルランの維持濃度を上記式で計算すると、それぞれ、5%、4%、3% となる。そこそこよい値が推定できているのではないかと考える。

いずれの等式も、各揮発麻酔薬の基本パラメータである MAC から年齢×(変数)を減算する形となっているので、覚えやすいのではないだろうか。

結局のところ、維持濃度の参照値(使用目的から考えた理論上の正しい指標)は、MAC から一時的に、MACawake に移ったように見えたが、その比が比較的一様に 0.3~0.4 であることから、やはり MAC と年齢による匙加減を知っていれば、適切な維持濃度を推定することが可能である。

そう言う意味で、MAC の概念と、臨床的意義は、現在においてもけっして薄れたわけではない(と思うのは、私だけ?)。
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