Q:「どっちがいいの? 静脈麻酔 vs 吸入麻酔」

A:この質問には正解はないのかも。一長一短があるとしか言えないのかな。

静脈麻酔は中央配管やガス排除装置が無くても、シリンジポンプさえあれば使用できる点では吸入麻酔よりも優れているといえよう。全静脈麻酔は、患者の覚醒の質が良好で、患者満足度や麻酔科医の満足度も高いとされているが、吸入麻酔に比べると、気を付けないといけない点が多い、多すぎるくらいだ。

1.静脈麻酔薬は、吸入麻酔よりも個人差が大きい
吸入麻酔薬は、肺から吸収されてほとんどが肺から排泄され、肝腎機能にはほとんど依存しない。また作用メカニズムとして、揮発麻酔薬は、細胞膜としての脂質二重膜に溶け込む形で作用を発現する可能性が高く、「オジギソウ」にさえ麻酔が効くことが 30 年以上前の研究で明らかにされている。こうしたあらゆる細胞に普遍的に効果がある点は静脈麻酔薬との大きな違いである。

2.準備に手間がかかる
吸入麻酔薬の使用準備としては、ホース類とガス排除装置の接続、それに気化器への薬液の充填だけで済むが、静脈麻酔薬は、シリンジと針を準備してアンプルから薬液を吸い出さなくてはならない。プレフィルドのシリンジでさえ、箱から出して延長チューブ接続用のヘッドを装着して、シリンジポンプにセットしなくてはならない。また実際に投与する場合には、吸入麻酔は点滴なんかなくても投与開始できるが、静脈麻酔は、必ずライン確保が済んでいないといけないし、シリンジポンプを操作して早送りしてラインを満たさなくてはならない。

3.点滴が必ず落ちていないといけない
『輸液剤のボトルが空になっていてはいけない。』+『静脈留置針は絶対に皮下に漏れていてはいけない。』+『薬液投与ラインの接続にミスがあっていけない。』+『三方活栓の方向が間違っていてはいけない。』+『シリンジポンプが正常作動していなくてはいけない。』

4.維持に手間がかかる
吸入麻酔薬の場合、その投与量は流量計や気化器のダイアルだけで調節できる。これに対して静脈麻酔薬は、投与速度の調節もダイヤルを回すだけとはいかない。揮発麻酔薬は、1度気化器に薬液を補充しておけば、かなり長時間にわたって使用できるが、静脈麻酔薬は、定期的にシリンジを交換して補充しなくてはいけない。

5.薬液の残液を捨てざるを得ない
吸入麻酔薬の場合は、気化器に充填した薬液を捨てることはなく、続けて次の患者さんに使用できるが、静脈麻酔薬の場合は、ほんの少ししか使用しておらず、ほとんど全量残っていようが、いったんラインに接続してしまったら残液は廃棄せざるを得ないという無駄が発生する。

6.術中覚醒の危険性が大きい
吸入麻酔の場合は、基本的に気化器に薬液があって、気化器のダイアルがねじってあって、呼吸していさえすれば、効果部位濃度が一定に維持されるが、静脈麻酔の場合には、上記したように効果部位濃度が一定に維持されるための条件が非常にたくさんある。これらの条件を、常にパーフェクトに満たさない限り、術中覚醒の危険性が排除できない。

7.BIS モニターの使用が望ましい
そういったいろんなミスを早期発見したり、患者毎の静脈麻酔薬に対する感受性の個人差を埋めるためには、可及的に BIS がモニターしたくなる。BIS センサーは1個 3000 円以上する。しかし、センサー代は保険診療点数では賄えない。

8.筋弛緩薬の必要量が多い。
手術に持続的な筋弛緩が必要な場合、吸入麻酔では筋弛緩薬の必要量が少なくて済むが、静脈麻酔の場合は、吸入麻酔の場合の 1.5~2 倍近くの筋弛緩薬が必要になる。

こうした点を踏まえても、質の高い麻酔を提供したいと考えるならば、静脈麻酔を選択。静脈麻酔のための手間と時間、モニター、薬品ロスが質の向上に見合わないと考えるのならば吸入麻酔を選択する。

ちなみに、私は吸入麻酔派で、静脈麻酔を行うのは、脳外科開頭手術、心臓手術の人工心肺時、脊椎手術で脊髄モニタリングを行う時くらいだ。それ以外は、もっぱらセボフルラン+フェンタニル(レミフェンタニル)麻酔だ。

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この記事へのコメント

MRだった人
2019年01月29日 18:49
明日、腹腔鏡で、子宮全摘術を受けます。
先生の勉強サイトにたどり着けて、本当に良かったです。
以前、麻酔薬を売っていましたが、いざ、自分がオペを受けるとなると、凄く怖いです。
先生のサイトを読んで、気持ちを落ち着かせて、オペ室の中の様子、意識がなくなるまで、じっくり観察したいと思います。
ありがとうございました。😊🙏
SRHAD-KNIGHT
2019年01月29日 19:22
MRだった人 様、コメントありがとうございます。
麻酔科医は、あなたが意識のない間、本当だったらあなたが格闘しなくてはならない手術侵襲から、術中いろいろな麻酔薬や循環作動薬を駆使しながらバあなたの全身を守り、バイタルサインを安定させることに努力します。そして、麻酔から覚醒した時に、可及的に手術を受けたとは思えないように術後の痛みがないように努力します。術後の痛みは我慢せずに訴えてください。現在では、多種多様な鎮痛方法があります。フルルビプロフェン(消炎鎮痛)静脈内投与、ジクロフェナック座薬(消炎鎮痛)、アセトアミノフェン(解熱鎮痛)静脈内投与、ペンタゾシン(合成麻薬)筋注、フェンタニル(麻薬)の持続静脈内投与、硬膜外カテーテルが留置されて入いれば硬膜外への局所麻酔薬やフェンタニル混合液の持続投与・・・。
手術は「お産」と同じように、「案ずるより産むが易し」です。婦人かの医師と麻酔科医を信用して、どうぞ安心して手術受けてください。手術の成功と、無事な退院をお祈りいたします m(。。)m。

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